フットボールを語る上で外せないのが、カジュアルズ(Casuals)というカルチャー。イングランドでは毎週末にサッカースタジアムに通う労働者階級のファッションを“Football Casual”と呼びます。
英国のユースカルチャーはモッズ、ロッカーズ、テッズ、スキンズ、パンクなど、常に音楽を背景にして発展してきましたが、カジュアルズはフットボールファンの中からはじまり、スタジアム内外のフットボールファンの間、つまりオーディエンスから発展してきたカルチャーです。ここが他のサブカルチャーとは大きく違う点です。
そもそもカジュアルズとは70年代の終わりに、何千というリヴァプールのサポーターたちがチームに帯同してヨーロッパをまわりアディダスのスニーカーを手に入れ、それを履いてロンドンのチームとの試合に行く、それを見たロンドンの若者たちが衝撃を受け真似たというのを80年代に入ってから雑誌がカテゴライズして広まった言葉です。
リヴァプールでは自分たちを“スカリーズ=Scallys”と呼び、カジュアルズはロンドンでの呼称として広まりました。
今回は1979年のポストパンク時代の英国、マージーサイドが舞台のカジュアルズを描いた作品、「AWAY DAYS」という映画をご紹介します。
母親を1年前になくした19歳のカーティはアート学校を途中でやめ、叔父の働く職場で下級公務員として働いています。家庭は中産階級で父親と高校生の妹と住んでいます。
収入をクラブ、レコード、サッカー、ライブにつぎ込む彼は、ある日、ギャング集団”THE PACK”に所属するエルヴィスと出会います。
彼らはピーターストームにフレッドペリー、ロイスのジーンズ、そしてアディダスのスニーカーを履いてスタジアムで常に問題を起こしていました。お揃いの制服を着て肩で風を切り、街を闊歩するTHE PACKの姿は、中産階級のカーティには自分の周りにいない特別なものを感じていました。エルヴィスはカーティに“THE PACK”と付き合うことが危険であることを警告しました。
しかし、それよりもエルヴィスはカーティの様に芸術、音楽、詩、そして死について語り合える友人をずっと待っていたのです。エルヴィスはカーティに、Joy Divisionの「New Dawn Fades」を聴きながらいつも死について考えていると語っていました。
英国特有の階級差だけでなく、同性愛要素も絡まり複雑で繊細な人間模様を描いています。作中の79年はホモフォビアが根強く、特にフットボールフーリガンのようなマチズモ全開の世界においては忌むべき存在で、カミングアウトできずに苦しみを抱え、部屋にロープを吊るし常に死を意識していました。
ある日の遠征(=Awayday)でカーティは成果を得るのですが、“THE PACK”のボス、ゴッドンに認められることはありませんでした。自分よりも、謎に包まれた存在のエルヴィスが尊敬を集めていることに苛立つカーティ、自分の想いが届かないことに苦悩するエルヴィス。次第に2人の溝は深まっていきます。
あらすじはざっとこんな感じ。
先の見えない将来への絶望や日々の焦燥が若者たちを暴力に駆り立て、やがて悲しい結末へと向かっていく、そんなリアルを描いた物語。
エルヴィスとカーティの行き着く先の違いが彼らの階級差によるもので、対極な2人が交わって意気投合したり、ぶつかって離れてしまったり。2人の関係が崩れ落ちていくシーンは観ていて胸が苦しくなりました。どのシーンもずっとどんよりとした曇り空。それはまるで心の中を映し出しているかのようでした。
ここからは劇中のファッションの話を。
エルヴィスの家に訪れたカーティがadidasのスニーカーを見て「この靴は?」と尋ねるシーンがあります。これがadidasの”FOREST HILLS”。70年代後期に発売されたフォレストヒルズは、主にリバプールを中心とした北部で人気でした。当時最軽量(250g)のテニスシューズで、柔らかいカンガルーレザーとゴールドのソールとストライプが特徴です。もともとのソールは白かったんですが、人気が出たのはゴールドソールの再販版だったそうです。
その他にも”SAMBA”、”NASTASE”、”SMASH”、”MALMO”など様々なadidasのスニーカーが登場するので、そこにも注目して観ると、また違った面白さを感じれると思います。
90's adidas GAZELLE
本日オンラインにアップした”GAZELLE”もカジュアルズに愛用されていたスニーカーの1つです。
1966年にサッカーやハンドボールなど、屋内・屋外問わずさまざまな場所でトレーニング(または競技会に使用)するために開発されたモデルで、ヨーロッパではプロサッカー選手に愛用者が多いことから、チームのサポーター達、特にカジュアルズ界隈では、定番モデルとして絶大な支持を集めたスニーカーです。
皆さん一度は見たことがあるであろうJamiroquai の “Virtual Insanity”のMVでも履かれています。
1991年に豊富なカラーバリエーションで復刻されると、オアシス、ビースティボーイズ、マドンナ、ケイト・モスといった90年代を象徴するアーティストたちにも愛されていました。気になった方はオンラインまで。
そして劇中で妹に小馬鹿にされながらも「これが制服なんだ」とカーティが意気揚々に着こなすピーターストームのカーキ色のカグール。日本ではアノラックパーカー、ヤッケなどの名称で呼ばれているプルオーバーのジャケットをイギリスではCagoule(カグール)と呼んでいます。
ちなみにエルヴィスはこのカーキのカグールを着ているシーンはありません。早くこの集団から、この生活から抜け出したいという意思表示でもあったと思います。
イングランドではリバプールのサポーター達がチャンピオンズ・リーグで海外遠征の際に着用し、他チーム特にロンドンのTerrace casual(ゴール裏のコアなサポーター)がカグールにポロシャツ、ジーンズ、アディダスのスニーカーといったファッション・スタイルをこぞって真似し始めたそうです。
カグールにフレッドペリーやラコステのポロシャツなどスポーツウェアブランドと合わせて着られていました。
ちなみにブログ内で何度か登場した”フーリガン”とはサッカーの観戦中に暴れたり、試合進行を妨害する熱狂的なサポーターのことです。フーリガンについてもまた改めてご紹介します。
そんなフットボールカルチャーを描いたこの作品。是非一度ご覧ください。